午後の日差しが少しずつ傾く頃、分かりやすい場所にある小さな町の片隅に一軒の古びた家があった。
この家には”夢見る忌み”と呼ばれる噂があった。
そこに住んでいたのは、かつて”験”という名の老人だった。
彼は優しい笑顔を持つ人だったが、誰からも距離を置かれる存在であり、村人たちは彼のことを忌み嫌っていた。
ある晩、その家を訪れたのは、若い大学生の佐藤健太だった。
彼は古い言い伝えに興味を持ち、”夢見る忌み”の真相を確かめるためにやって来た。
健太は、最近村で頻繁に夢に現れ、次々と事故を引き起こすという噂を耳にした。
しかし、そんな話は全くの作り話だと思っていた。
家の前に立つと、健太は戸惑いを隠せなかった。
周囲は静まり返り、まるで時間が止まったような不気味な空気が漂っていた。
意を決して玄関のドアをノックすると、中から低い声が響いた。
「入ってきなさい。」戸を開けると、薄暗い室内には、古ぼけた家具と散乱した書物、そして中央には験が座っていた。
「若者よ、何のようだ?」験は冷たい目を向け、しかし無邪気に微笑む。
「あなたの噂を聞いて来た」と健太は答えた。
「私は夢の中に現れる忌まわしい存在なのか。真相を知りたい。」
験は頷くと、少し笑った。
その笑みはまるで過去の苦悩を知る者のものであり、同時に他人の苦しみに無関心な者の顔だった。
「私が見せる夢に取り憑かれる者は多い。彼らは自分の恐れや思いを夢の中で具現化させ、やがてそれに飲み込まれていくのだ。」
健太は不安を覚えながらも、尋ねた。
「どうしてそんな夢を見るのか?そして、それをやめることはできないのか?」験は沈黙し、やがて彼に向かって言った。
「夢は自分の心の映し絵だ。人はそれを見たくなくても、忌むべき記憶や感情を抱え続ける限り、夢は続くのだ。」
その言葉を聞いて、健太は自らの心の奥底に潜む不安を思い出した。
彼もまた、過去の失敗や後悔に縛られていたことを感じた。
しかし、それをどうにかしたいと思いつつ、彼はまだ彼の運命を受け入れられずにいた。
「では、私も夢を見るのか?」健太は試しに訊ねた。
験は小さく微笑み、「それはお前自身の選択だ。夢を見たくないと思うのなら、忌むべき思いを捨てる必要がある。しかし、見たいと思うのなら、夢の中で何を感じ、何を学ぶかが重要だ」と答えた。
健太はその言葉を噛みしめ、自らに問いかけた。
「あの日、あの人を救えなかったことを、どうやって忘れればいいのか?」その瞬間、部屋が真っ暗になり、目の前がぐにゃりと歪んでいった。
彼は急に光の中に引きずり込まれ、意識が飛んでいくような感覚を覚えた。
気づくと、彼は夢の中に立っていた。
周囲は黒い霧に包まれ、目の前にはかつての仲間が現れた。
彼らは悲しみの表情を浮かべ、健太をじっと見ていた。
夢の中で彼は知っていた。
自分の心の奥に留めていた罪悪感が具現化したのだ。
この夢から逃げることはできない。
「ごめんなさい」と健太は涙ながらに叫んだ。
「助けられなかったこと、本当にごめんなさい!」その声は霧の中に消えていったが、仲間たちは少しずつ笑顔になり、健太の心に平穏をもたらした。
目を覚ますと、健太はまだ験の家にいた。
その老いた顔は、さも予想通りという表情で彼を見つめていた。
「さあ、若者よ。お前は夢を見る意味を知っただろう」と験が言った。
健太は頷いた。
夢を見続けることで、自分自身を癒すことができるのだと思った。
彼は古びた家を後にし、自身の忌まわしい思いを受け入れる覚悟を決めた。
そして、夜空の下、歩き出した。
彼の背後で、験の微笑みが消えていくのを感じた。