ある日、田中は友人から紹介された展示会に足を運んだ。
その展示会は、地方の小さな美術館で行われるもので、「闇に潜むアート」というテーマが掲げられていた。
彼はそのタイトルに興味を惹かれ、展示の中に何が待ち受けているのか期待を膨らませながら会場へと向かった。
美術館に到着した田中は、その異様な雰囲気に気づいた。
暗い廊下の両側には、黒い布で覆われた絵画や彫刻が並び、薄暗い灯りが一層の神秘感を醸し出していた。
彼は、薄闇の中で微かな視線を感じるような気がしたが、気にせず一つ一つの作品を見て回った。
展示の途中、彼は一枚の絵に目が釘付けになった。
それは、黒いキャンバスの中にとても細かい点描で描かれた無数の目だった。
目は何かを訴えるように見え、見る者に不安を与える。
田中はその絵に引き寄せられるように近づいた。
すると、そこに書かれた小さな文字が目に入った。
「呪いは、解かれることなく闇にひそんでいる。」
その瞬間、田中の背筋が凍りついた。
彼は、その言葉の意味を理解できなかったが、絵の前に立とうとすると、急に頭が重くなり、周囲の空気が変わった。
彼は何か悪いものに取り憑かれたのではないかと恐れた。
意を決して背を向け、展示会を後にしようとしたその時、彼の目の前に展示スタッフの女性が立ちふさがった。
彼女の目はどこか空虚で、声もどこか遠くから聞こえるようだった。
「その絵を見たのですね…あなたも、呪いを受けることになります。」
田中は動揺した。
「呪い?」深い闇が心に染み込んでいくような感情が湧き上がってきた。
展示スタッフは静かに頷き、「目が見つめる先に、恐れられしものが隠れている。あなたが見たものは、決して無視してはいけない」と言った。
田中は恐怖を抱えながら、美術館を後にした。
しかし、帰路につく間中、背中に視線を感じ続けた。
鏡を見ても、周りを見ても、誰もそこにいないと分かっていても、視線は消えなかった。
夜が更け、彼は持ち帰ったカタログを開いたままのテーブルに置いた。
その晩、彼は奇妙な夢を見た。
黒いキャンバスの中にいる無数の目が彼を見つめ、彼の心の奥に訴えるようにささやいた。
「解放してくれ…私たちを解放してくれ…」目覚めた田中は、心の中に恐怖が渦巻くのを感じた。
彼はその日から、自分の周りに起こる小さな異変に気づくようになった。
家の中で物が勝手に動いたり、誰もいない部屋からかすかな声が聞こえたり、背後で感じる視線は増すばかりだった。
全ての出来事が、自分の目の前のあの絵に関連しているように思えた。
友人や家族にも助けを求めたが、誰も彼の話を信じてくれなかった。
田中は最終的に、再度あの美術館を訪れることを決意した。
彼は運命に抗おうとしたが、自分が呪いの中心にいることは明白だった。
展示会場に戻ると、やはり展覧会は行われていた。
しかし、彼が目指していた絵は、もう存在しなかった。
その時、田中は周囲にいた人々の目が、自分を見つめ返していることに気づいた。
誰もが同じかたちの、同じ黒い表情だった。
彼はその瞬間、自分もまた、あの無数の目の一つになっていることを悟った。
その感覚は、彼の心を抉り取るような恐怖だった。
田中の声は響かず、彼の意識は次第に闇の中へと飲み込まれていく。
呪いは、解かれることなく闇にひそみ、彼の存在を侵食していった。
そして、美術館の中に新たに加わった目が、一つまた一つと増えていくのであった。