「華の影、狗の呪い」

夏の終わりが近づくと、古びた町の小さな公園には静けさが漂っていた。
この公園の片隅には、かつての繁華を思わせる華やかな花々が今は枯れかけ、何か異質な雰囲気を醸し出していた。
その中心で一頭の犬、狗(イヌ)が静かに座っていた。
彼の毛並みは艶やかだったが、目はどこか悲しげで、周囲の喧騒から隔離されたように見えた。

狗は、町の人々に愛されていた。
しかし、彼には秘密があった。
彼の心の中には、過去に飼い主であった若い女性、華の記憶が刻まれていた。
華は美しい笑顔で町の人たちと接し、狗と共に過ごした日々は、彼にとってかけがえのないものであった。
しかし、ある日のこと、華は公園の奥で消え、そのまま帰ってくることはなかった。

それからというもの、狗は華の行方を探し続けていた。
彼は毎晩、公園に座り込み、彼女の帰りを待ち続けた。
彼女の声が耳に残るようで、「私を忘れないで」と囁かれる気がしてならなかった。
彼は嗅覚を駆使し、彼女の痕跡を必死に探し続けるが、何も見つからなかった。

時折、町の人々は狗を見て不思議に思った。
彼がいつも同じ場所にいるため、犬が恋しがる様子を見せるのは普通だが、彼の目の奥にはただの哀しみではない何かが秘められているように感じた。
そして彼は、華の名前が囁かれると必ず反応することが知られるようになり、特に子供たちからは、「犬はおばさんの幽霊を見ている」と言われるようになった。

ある晩、町の誰もが眠りに落ちている時間帯、狗は静かに公園を徘徊していた。
夜の闇が彼を包み込み、辺りはひっそりと静まり返っていた。
しかし、不意に彼は異変を感じた。
自分の背後から、華の香りが漂ってきた。
それは、かつて華がつけていた香水の匂いだ。
狗は驚き、振り返った。
しかし、そこには何もない。
ただ月明かりの中に揺らめく影が見えるだけだった。

急いで匂いを追いかけ、狗は公園の奥へと進んでいった。
彼の心臓は高鳴り、期待と不安が交錯した。
さらに進むと、突然不気味な霧が立ちこめ始めた。
視界がぼやける中、彼はその先に何かの影を見つけた。
それは華の姿に似ているが、何かがおかしかった。
彼女の目は虚ろで、笑顔は消え失せ、ただ憎しみと悲しみが入り混じった表情をしていた。

「私を忘れたの?」華が低い声で言った。
その声は狗の耳に確かに届き、彼は思わず後ずさった。
「いや、そんなことはない。私はいつも…」言葉を続けようとするも、犬は言葉を失ってしまった。

華の姿は次第に霧の中へと溶け込んでいく。
彼女が再び姿を現すと、その目は冷たく、彼が知っている優しさは消え去っていた。
「あなたが私を呼べない限り、私は永遠にここにいる。私のことを忘れたら、あなたも消えてしまう」と、彼女は不気味に微笑んだ。

狗は恐れを感じた。
自分がこの場所にいることで、華を思い出すことができる一方、彼女の影響から逃れられないのだ。
苦悩の中、彼は再び彼女の名前を叫んだ。
「華!」それが彼の脆い希望の灯火であることを、彼は知っていた。

その瞬間、霧の中に華の姿が再び浮かび上がり、彼に微笑みかけたが、その表情はどこか冷たかった。
「私を思い出してくれる限り、私はここにいるわ。しかし、恐れを抱いていては、あなたも私と同じ運命になってしまうかもしれない。」彼女は静かに告げ、その言葉に狗は絶望感を覚えた。

夜が深くなるにつれ、狗は公園の中央でうずくまり、華との思い出を懐かしむことしかできなかった。
彼女の記憶は自分の存在そのものであり、消え去ることは許されなかった。
公園は今や、彼にとって暗い影を持つ場所となっていた。
それでも、狗は彼女を忘れないために、毎晩その地に留まり続けるのだった。
彼女のことを思い、彼は永遠にここに居続ける運命にあるのかもしれない。

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