ある夜、静かな郊外の道路を走る車の中に、若い女性の美香と彼女の飼い猫のノラがいた。
美香は仕事帰りに友達と飲みに行く予定だったが、ノラが心配で一緒に連れて行くことに決めた。
車の中でノラはおとなしく座り、外の風景を眺めている。
しかし、すれ違う車の headlights が瞬くたびに、ノラの反応は徐々に挙動不審になっていった。
美香は見る見るうちに、彼女の猫が何かを感じ取っているように思えた。
いつも無邪気に遊ぶノラが、何かを恐れているかのように窓の外を凝視している。
「どうしたの、ノラ?」美香はノラに声をかけたが、返事はない。
青白い月明かりが道路を照らしていると、急に一台の車が後ろから猛スピードで突っ込んできた。
美香は驚いてハンドルを切り、急ブレーキをかけた。
その瞬間、ノラは高い声で鳴いた。
「ミャー!」
その声が何かを引き寄せたのか、突然、車の周りに霧が立ち込めた。
運転席から外を見ると、道が霧に包まれ視界が悪化し、美香は不安に駆られた。
ノラもこの異様な状況に警戒するように、耳をぴんと立てている。
「ここ、なんかおかしい…どうしよう。」
美香が焦っていると、ふと見えない何かが車の窓の外から視線を寄せているように感じた。
それは無数の目だった。
彼女は目を凝らして外を見ようとしたが、霧の中の影はすぐに消えてしまった。
心の奥で何かが脈打ち、彼女は恐怖に包まれた。
「絶対、ここから出なくちゃ…」美香は思った。
霧を抜けるためには、車を進めるしかない。
しかし、エンジンが伸び悩んでいるように感じ、車は進まない。
やがて、運転席の後ろ、後部座席に移動したノラが何かを見つめているのに気づく。
美香は振り返り、野良猫が何を見ているのか視線を追った。
その瞬間、彼女の体に冷たいものが走った。
後部座席の窓の外から、かすかに見えるのは、彼女の知っている顔だった。
友達の美佳だった。
だが、彼女の顔は異様に歪み、無表情でノラを見つめていた。
何か言いたいような、しかし言葉が届かないかのように。
美香は心臓が高鳴るのを感じ、手元にあるスマートフォンで友達に電話をかけようとしたが、電波が入らない。
まるでこの場所が現実と隔絶された孤島であるかのようだった。
そして、窓の外にはさらに多くの顔が現れ始めた。
それはかつての友人たちの顔、だが、彼らの目は空虚で、無気力な表情を見せている。
「私のところに来て…」その声が、美香の頭に浮かんだ。
彼女は今までの人生を思い返し、友情や絆が薄れつつある現実を苦しみと共に受け入れていた。
だが、今、彼女の目の前にはあの頃の思い出が具現化したかのような姿があった。
「いや…行かなきゃいけない…!」美香は叫んだ。
「ノラ、行こう!」運転席に戻り、エンジンをかけようと試みる。
しかし、エンジンは振動を伴ってうなり声をあげるだけ。
周囲がますます濃くなり、目の前にいた顔たちが彼女を包み込むように近づいてきた。
「ミャー!」ノラは再び鳴いた。
その力強い鳴き声が、美香の心の奥を揺さぶった。
彼女はふと、何かを思い出した。
愛情を持っていること、信じること、そして友達の存在。
それがあればどんな困難も乗り越えられるはずだ。
「私は負けない!」美香は強い意志を持って再度ハンドルを切った。
そして、渦巻く霧の中を突進する。
ノラもそれに応えるように小さく鳴く。
運転する彼女の目の前には、徐々に霧が晴れていく光景が広がっていった。
美香はその瞬間、友達たちと一緒に送り出されたことを思い出し、全力で車を前に進めた。
どこへ向かっているのか、未来が見えなくても、彼女は自分の選択を信じていた。
ノラと共に、絶望の霧を突き抜けるのだ。
そして、美香は友達たちの笑顔を胸に抱いて、真っ直ぐな道を進み続けた。