「鏡の中の約束」

ある町に、小さな美容院があった。
その店の名は「鏡の館」。
この美容院には、特別な鏡があった。
その鏡は、木で作られた美しいフレームに囲まれており、ただの鏡とは一線を画していた。
町の人々はこの鏡にまつわる不思議な話を耳にしていた。
彼女の名は、由美。
彼女はこの美容院で働いていた若い美容師で、日々の仕事を楽しんでいた。

ある晩、由美が閉店作業をしていると、ふと鏡の中に誰かの姿が映った。
店内には自分一人しかいないはずなのに、鏡の中では見慣れない顔が彼女を見つめていた。
それは、今は亡き友人の姿だった。
彼女はその友人、真由美と高校時代の親友であり、二人はいつも一緒に過ごしていた。
しかし、真由美は数年前に事故で亡くなっていた。

心臓が高鳴る中、由美はその映る真由美に向かって声をかけた。
「真由美?どうしてここにいるの?」と呼びかけると、鏡の中の真由美は微笑んだ。
やがて彼女は口を動かし、何かを話そうとするが、音は聞こえなかった。
しかし、由美は彼女の口元が「会いたかった」と言っているのを理解した。

由美は興奮しながらその場から目を離さず、「私も会いたい」と答えた。
すると、鏡の真由美は頷き、少しずつ鏡から手を伸ばしてくるような動作をした。
由美の心に不安が広がったが、同時に懐かしさもあった。
彼女は真由美との再会が本物であるかのように感じていた。

しかし、次第に事情は変わり始めた。
鏡の周りの空気が重くなり、明るかった店内が不気味に暗くなっていく。
由美は恐怖に駆られ、鏡から目を背けようとしたが、どこか引き寄せられる感覚が止まらなかった。

「由美、こっちに来て…」真由美の声が、まるで耳元で囁くように聞こえた。
しかし、その声はかすれていて、さらに不気味さが増していた。
由美は思わず後ずさりし、ベッドに座る形でその瞬間を迎えた。

周りの明かりが急に消え、真由美の姿がもっと鮮明に現れた。
由美は混乱し、何が本当で何が幻想なのかわからなくなった。
しかし、真由美は今にも割れてしまいそうなほど寂しげに笑っていた。

「助けてほしい」と彼女が言った瞬間、由美はその言葉の意味に気づく。
真由美は未練を抱え、この世に留まっているのだ。
由美は恐怖を感じながらも、彼女を助ける方法を探ろうと決意した。

「どうしたらいいの…?」由美は必死にその問いを投げかけた。
すると、真由美は「この鏡を割って…私を解放して」と、悲しげに呟いた。

由美は、その言葉を聞いた瞬間、体が固まってしまった。
鏡を割ることは、真由美を解放することになる。
しかし、その反面、もし割ったらこの世に戻ってこれないのではないかという思いもよぎった。
内心の葛藤が渦巻く中、由美は何度も考え直した。

ついに彼女は、鏡に向かって手を伸ばした。
心臓がバクバクしている。
割れた鏡の破片が、拍手のように響く。
真由美の表情は一瞬驚きに変わった。
その時、由美は自分のすべての思いを鏡に込め、「さようなら、真由美」と心の中でつぶやいた。

次の瞬間、鏡は粉々に割れ、部屋の中に静寂が訪れた。
由美は目を閉じ、真由美の声が聞こえることを期待した。
しかし、何も感じなかった。
周りに漂っていた彼女の気配も消え、ただ静けさが戻るだけだった。

日が明け、由美は震えながら目を覚ました。
鏡の破片を片付けると、彼女の心には何とも言えない喪失感が残っていた。
しかし、真由美の苦しみが解放されたのだと思い、彼女は少しだけ心が軽くなった。

しかし、その後も彼女は時々、何かの気配を感じることがあった。
それは真由美のものなのかもしれないと、思わず忘れがたい思い出が心に響いた。
美しい木のフレームはもうないが、彼女の心には永遠にその思いが刻まれていた。

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