平田健一は、地方の小さな町に住む平凡なサラリーマンだった。
彼には特別な運が備わっているわけでもなく、むしろ普通の人間として日々を淡々と過ごしていた。
しかし、ある晩、彼の生活は一変することとなった。
休日に久しぶりの友人と過ごす予定だった健一は、彼の家の近くにある廃墟を訪れることに決めた。
その廃墟は、地元の人々によって「声の廃墟」と呼ばれていた。
かつては小さな集落があった場所だが、戦争の悲劇によって村は壊滅し、人々は去ってしまった。
以降、廃墟には様々な噂が立ち、特に「何かの気配に包まれ、声が聞こえる」という言い伝えがあった。
その話を知る健一は、興味本位で廃墟に足を踏み入れた。
周囲は深い静寂に包まれており、まるで過去の記憶が時を止めているかのようだった。
しかし、彼はすぐに不気味さを感じ取り、自分の足音だけが響く中、気を引き締めた。
廃墟の中心部にたどり着いたとき、彼は冷たい風が吹き抜けるのを感じた。
その瞬間、耳元に囁くような声が聞こえた。
「運を…運を見つけて…」頭の中が混乱した健一は、周囲を見回したが誰もいない。
ただ彼の呼吸音と、耳をつんざくほどの静けさだけだった。
慌てて廃墟を出ようとした健一の心に、またあの声が響いた。
「逃げないで、私たちを見て…」一瞬、自分の心が揺らぐのを感じた。
何か異次元の力が彼を引き止めているようで、出口に向かうのが億劫に思えてきた。
「声は何を求めているのか?」健一は立ち止まり、思いを巡らせた。
運という言葉が気にかかった。
彼は、これまでの平凡な人生でつまらない運を感じてきた。
そんな彼にとって、声が呼びかける運とは何か、どのようにして手に入れることができるのか、考えずにはいられなかった。
「私たちの名を呼んで…」再び声が響く。
声は、かつての村人たちのものなのだろうか。
健一は思わず口にした。
「誰かいるのか? 何を求めている?」すると、声は彼の心の奥深くに響き渡った。
「私たちが忘れられること…それが運だ。」その瞬間、突風が吹き抜け、彼は足元をすくわれた。
不安と恐怖が頭を巡り、彼は叫び声を上げた。
「運なんて、俺には必要ない!」その叫びが聞こえた瞬間、周囲の空気が変わったように感じた。
廃墟が最近以来の静寂を取り戻し、声もかき消されてしまった。
「何が起きたんだ?」健一は恐る恐る立ち尽くした。
そこには、彼がかつて聞いた降霊術のような儀式を行っていた人たちの姿が見えた。
「この場所を離れると、声はもう聞こえないだろう。だが、私たちが追い求める運に気が付くだろう。」彼らの声は、どこか悲しみに満ちていた。
静けさが戻った廃墟を後にした健一は、数日間その出来事を思い返したが、答えは見つからなかった。
声の真相は謎のまま、彼の日常は変わらず続いていった。
しかし、時折無性に不安な気持ちに襲われ、ふと振り返ったときに耳にする声が彼の心をつかんだ。
「忘れないで、私たちの運を…」
その後の生活で、健一は不運や偶然な出来事が続いた。
彼にとって運はどこにあるのか、どのように手に入れるのか、考え続けた。
聞こえなかった声は、いつしか心の中で静かにささやくようになった。
その運は、果たして平田健一が求めるものなのか、それとも彼がすでに失いかけていたものだったのだろうか。