木村は、家の奥の部屋にひとり閉じ込められていた。
彼女は、かつて祖父母が住んでいた家を相続したのだが、その部屋は長い間手付かずの状態だった。
木村はその部屋を片付けるため、日曜日にやってきたが、どうにも気分が乗らず、つい長居してしまった。
部屋は薄暗く、窓から差し込む光がほとんど死んでいて、かすかな埃の舞い上がる様子が、不気味さを一層引き立てていた。
木村は、何か巨大なものに押しつぶされているように感じた。
その時、彼女は部屋の隅に古い木彫りの人形を見つけた。
手のひらサイズのその人形は、どこか悲しげな表情を浮かべており、木村は思わずその場に駆け寄った。
「これ、なんだろう?」木村はそっと人形を手に取り、じっと見つめた。
すると、ふと刹那、背後でかすかな声が聞こえた。
「助けて…私を救って…」その声はどこからともなく響き、まるで空気を切り裂くように耳に残った。
驚いた木村は、振り向いたが誰もいなかった。
ただ、さっきよりも身の回りの空気が一層冷たく感じられた。
気を取り直し、彼女は人形を持ったまま、部屋の隅にあった古い本棚を調べ始めた。
すると、ほこりを被った古びた本の中に、薄い和紙に包まれた手紙が挟まっていた。
手紙には、祖父母がこの部屋で過ごした頃の思い出や、無邪気な日々を書き記したページがあったが、途中から内容が変わり始めた。
「私には人形がいる。彼女は私の友達だが、彼女は悲しんでいる。私を救ってほしい…」
木村の心がざわつく。
まさか、この人形のことを指しているのだろうか?彼女は、再び人形を見ると、確かにその目から涙が流れているような錯覚に襲われた。
何かを感じ取ったのか、無意識のうちに人形を強く握りしめていた。
その時、再び声が響いた。
「助けて、私を解放して…」木村はその声に導かれるように、部屋の中央へと進んだ。
そこで彼女は、裏返した人形の下に隠されていた、さらに古い人形を見つけた。
人形は誰かの名前が刻まれた首飾りを付けており、その名は「美香」と書かれていた。
心のざわざわが増し、木村はその人形を人形の前に並べると、「美香、あなたを助けるために何をすればいいの?」と問いかけた。
すると、またもや声が微かに響いた。
「私の心を解放して…私の記憶を戻して…」
木村は、思わず両手を合わせて祈った。
「わかった、あなたを助けるから、私を導いて。」瞬時、部屋の空気が変わり始め、霊的な存在たちが彼女の周りを包み込む感覚を覚えた。
視覚が歪み、木村は意識を失いかけた。
気づくと目の前には、美香と呼ばれる少女の姿が浮かんでいた。
彼女は微笑んでおり、目の中には切なさが宿っていた。
美香は木村に向かって言った。
「私を救ってくれたのね、ありがとう。でも私には、惜しくも失われた命が必要なの。」
その言葉は、木村の心臓を掴むように迫った。
彼女は、自分の存在が美香の解放を助けたのか疑問に思ったが、同時に冷静に判断できなくなっていた。
どうして彼女の記憶を戻すために、命を奪われなければならないのか。
木村は恐怖にかられ、「何をすればいいの?」と問い続けた。
その瞬間、美香の表情が変わり、切ない涙を流し始めた。
「私を忘れないで…あなたの記憶の中に、私は生き続けたい。」
木村は目を閉じ、心の中で美香に誓った。
「無限に続く思い出の中で、あなたを忘れないから。」
すると、周囲の空気が静まり、風の音が消えた。
そして、気が付くと彼女は元の部屋に戻っていた。
目の前には、ただ古い人形と自分自身だけがいた。
木村は、今後はこの部屋を大切にし、美香のことを忘れず、彼女の記憶を守り続けることを決意した。