その町には「れ」と呼ばれる古びた地区が存在していた。
住人たちは、その場所には変わった噂があることを知りながらも、日常を続けていた。
噂の中心には「談」という名の男がいた。
彼は元々、平凡な会社員であったが、ある日を境にその運命は大きく変わることになる。
談は、仕事のストレスから逃れるために友人と酒を飲みに出かけた。
酔いが回るにつれて、彼はある怪しい店の存在を思い出した。
それは「絶」という名の店で、噂では禁断の話題が飛び交っていると言われていた。
興味をそそられた談は、友人を連れてその店を訪れることにした。
店に着くと、薄暗い照明に包まれた空間に、怪しい雰囲気が漂っていた。
談は気を引き締め、友人と共にカウンターに腰を下ろす。
店主は無愛想な眼差しを向けてきたが、談は気にせずメニューを開いた。
しかし、メニューには何も書かれていなかった。
「何か特別なものはありますか?」と、談が尋ねると、店主は小さく笑い、「この店には、飲む者に絶対的な体験を提供するものがある」と言った。
その言葉に引き寄せられるように、談は好奇心旺盛な友人と共にその特別な飲み物を注文した。
しばらくして、運ばれてきたのは黒い液体が入ったグラスだった。
それを一口飲んだとたん、談は奇妙な感覚に襲われた。
視界が歪み、耳鳴りがし、まるで異次元に足を踏み入れたような感覚が広がった。
「これ、なんだ……?」と震えながら友人に問いかけたが、彼はすでに何かに取り憑かれたかのように、ぼんやりとした表情で何も答えなかった。
談は急に不安に駆られ、「私たち、帰らなければ……」と考え、すぐに店を出ることにした。
外に出ると、街の雰囲気が変わっていた。
道はどこかねじれて見え、空気は冷ややかで、まるで他の世界にいるかのようだった。
談は混乱し、手を引かれた友人を連れ、何とか引き戻そうとした。
しかし、友人の顔は徐々に無表情になり、目の奥に暗い影が潜んでいるようだった。
「談……」と彼は口を開こうとしたが、言葉は出てこなかった。
瞬間、目の前に黒い影が現れた。
それはまるで人の形をしていたが、その姿は次第に分解し、周囲の空間と溶け込むように移動し続けている。
談は恐怖に駆られ、後ずさりした。
「逃げなければ……」と思ったものの、足がすくむ。
周囲を見渡せば、町の人々も皆、不気味な顔をして彼を見つめていた。
「この町には、絶対に近づいてはいけない」と耳の奥で囁く声が聞こえる。
まるで、何かから逃げるように自分を閉じ込めているようだった。
友人の姿も消えかけている。
その目は空虚で、談の存在を認識していないようだった。
彼は必死で振り返り、友人の名前を呼び続けた。
「太郎! 返事をして! ここにいるんだ!」しかし、声は虚しく空に吸い込まれていくばかりだった。
その瞬間、空が裂け、異次元へと引き込まれる感覚が彼を襲った。
目の前には、恐ろしい顔が浮かび上がり、周囲は不気味な静寂に包まれる。
恐怖の中で、彼は思考を巡らせ、「助けて……」と叫んだが、その願いは届くことはなかった。
気がつくと、談は再び「れ」の町の広場に立っていた。
彼は夢から覚めたかのように混乱した。
しかし、その場に佇んでいるのは彼一人で、周囲は静まり返っていた。
どんなに探しても、太郎の姿は見当たらない。
彼の心の中には、何かが封じ込められたような感覚が残り続けた。
町に響く影の声が、これから彼の人生を支配し続けるのだと感じた。
そして、その声は静かに囁く。
「この町からは絶対に逃げられない。」