ある秋の夜、俊介は友人たちと共に山中のキャンプ場を訪れていた。
彼らは一緒に過ごす時間を楽しむために、山の静けさと自然の美しさを求めてやってきたのだ。
火を囲み、笑い声を上げながら、他愛もない話に花を咲かせる。
仲間たちの温かな雰囲気の中、俊介はふと、不気味な話題を持ち出した。
「この山には、立ち尽くす霊がいるって聞いたことある?」俊介が言うと、友人たちは興味津々になった。
慎重な性格の直樹が「そんなの本気にするなよ」と言いながらも、目がキラキラと輝いているのを彼は見逃さなかった。
そのまま、仲間たちはその話を続けていくことになった。
「昔、この山の奥深くに、一人の画家がいた。彼は特別な才能を持っていたが、周囲との仲が悪く、孤独な生活を送っていたらしい。ある日、彼の絵が爆発的に評価され、名声を手にすることになった。しかし、同時に嫉妬や悪意を抱いた者たちが、彼を陥れようとした。彼は逃げるように山奥へと向かい、そこで命を絶ったという。」俊介が話を終えると、周囲は静まり返った。
「その画家の霊は、今でも山の中で立ち尽くしていると言われている。彼に呼びかけた者は、必ずその絵を見せられるんだ。だが、その絵は必ず恐怖を与えるもので、見た者は決して忘れられないという。」俊介の言葉に、皆の心に不安が広がっていく。
その時、ふと風が吹き、焚き火の炎が揺れた。
「どうする?実際に見に行くか?」直樹が提案した。
仲間たちは怖がりながらも興味に駆られ、決して近づいてはいけない場所に足を運ぶことにした。
それは、山を登る道の上にある、誰も近寄らない立ち木の下である。
月明かりに照らされる道を進むうち、緊張感が高まっていく。
ついに、俊介たちは木の下にたどり着き、彼らはやっとその場に立ち尽くした。
「いないか?」俊介が言うと、仲間たちは小さくガクガクと震えながら周囲を探る。
そのとき、突然、視界の隅に一人の男性が立っているのが見えた。
「あれ、立ってる!」と直樹が叫び、全員の視線がその人物に向いた。
そこにいるのは、ひとりの画家のような姿をした男だった。
顔はやけに青白く、痛々しさが漂っている。
「あなたが、画家ですね?」俊介が恐る恐る声をかけると、男はまるで無表情のまま、ゆっくりと頷いた。
彼は言葉を発することなく、立ち尽くしたまま身体を向けていた。
俊介は、強く彼の目を見つめてしまった。
男の目に宿る光は、何かを懇願しているようにも見えた。
「あの、何かを見せてください…」俊介は意を決して言った。
すると、その瞬間、男は彼に近づき、持っていた画布を見せた。
描かれていたのは、山の緑に囲まれた小屋と、そこに立つ自分たちの姿だった。
「これは…私たち?」仲間たちが驚愕する中、俊介の顔が青ざめる。
「これは、お前たちがやってくるのを待っていたということだ。」
男の言葉と共に、不気味な感覚が彼の身体を貫く。
山が恐ろしいほど静まり返り、仲間たちの汗が一瞬で冷やりとした。
彼らはその絵の中の自分たちの顔を見つめ続けることができなくなり、逃げるようにその場から離れた。
俊介が振り返ると、画家は立ち尽くしたままだった。
山を越え、キャンプ場に戻る間、俊介の心臓は強く高鳴っていた。
あの画家は、一体何を意味していたのか。
彼らはそれ以降、決してその山に近づくことはなかった。
ただ、その絵が心の奥に刻み込まれた恐怖として、彼らの日常を影が覆っていった。