ある日、健太は長年通った社に足を運んだ。
この社は、地域の人々にとって大切な場所であり、健太にとっても思い出深い場所だった。
しかし、最近は人の出入りが少なくなり、社はどこか寂しげな様子を見せていた。
健太はこの社の古い伝説を知っていた。
昔、ここでは神様が降りてきて人々を守っていたが、ある罪を犯した者が神を裏切り、その結果、社は不幸に見舞われるようになったという。
時折、社を訪れた人々が奇妙な現象を体験することもあるという話を健太は聞いたことがあった。
その日、健太は静かな社の中で座り込み、普段の忙しさから解放された気分を味わっていた。
しかし、ふとした瞬間、社の周りに気配を感じた。
見回すと、何もない。
ただ、木々の葉がふわりと揺れているのが見えた。
そのまま時間が経過し、健太はぼんやりとした意識の中で、ある声を聞いた。
「健太……帰っておいで……」その声は、柔らかく、どこか懐かしい響きを持っていた。
健太はその声を無視しようとしたが、心の奥で何かが引き寄せられる感覚があった。
再び声が響く。
「帰っておいで。私を見捨てないで……」その瞬間、健太の脳裏に思い出が蘇った。
彼は子供の頃、近所の友達と一緒にここを訪れ、神様に手を合わせたことを思い出した。
しかし、ある日友達が突然行方不明になり、健太はその無念さを内心抱いていた。
彼は友達を助けたかったのに、何もできなかった気持ちが、今も彼の心を苦しめていた。
「私を助けて……」声はだんだんと焦りを帯びてきた。
健太は震えながら声の方を見つめた。
すると、社の奥から一人の少女が現れた。
彼女の姿はぼやけていて、顔はよく見えなかったが、彼女が悲しげに微笑んでいるのはわかった。
「あなたは、あの時の……?」健太は声を震わせながら言った。
彼女は、かつて行方不明になった友達だった。
少女は頷き、さらに近づいてくる。
「私を助けて……私をここから連れて出して……」
健太は恐怖に駆られた。
彼女を助けたい反面、自分がその罪を背負うことになるのではないか、という不安が胸に広がった。
いつも自分が何もせず、彼女を見捨ててしまったことが心の奥にひっかかっていたのだ。
彼女の望みを叶えれば、自分の過去の罪が明るみに出るのではという恐れがあった。
「私はもう帰れないの……」少女は悲しそうに言葉を続ける。
「私を見捨てたから……私の呼び声に応えなかったから……」
その瞬間、健太は自分の心の中に押し込めていた罪の意識が溢れ出し、少女の表情が恐ろしいものに変わるのを見た。
彼女の姿は歪み、白い衣が黒く変わっていく。
健太は恐れ、後ずさった。
「私を助けて、あなたが私を見捨てるのなら、あなたも私と同じ運命よ!」その声はもはや、かつての友達の声ではなかった。
健太は不気味な存在から逃げるように社を飛び出した。
帰り道、彼の脳裏に焼き付いたのは、彼女の影のこだまだけだった。
家に戻り、ふと振り返ると、社の方向から黒い影が彼を見つめているような気がした。
その瞬間、彼は心のどこかで彼女を見捨ててしまった、という絶望的な罪を抱いたまま、帰り続けるしかなかった。
社の影はいつまでも彼を追いかけているようだった。