高層ビルの最上階、そこには誰も近寄らない禁断のフロアがあった。
会社が倒産し、無人となったオフィスビル。
かつて多くの人々が行き交ったこの場所は、今では幽霊たちの住処となっていた。
その中でも特に恐れられていたのが、『存在』と呼ばれる謎の影だった。
ある日、山田健一という若者が、友人から聞いた『存在』の噂に興味を抱いた。
都市伝説や怪談が好きな彼は、夜にそのビルを訪れることを決意した。
ビルに到着した彼は、心臓が高鳴るのを感じながら、エレベーターのボタンを押した。
最上階のボタンは、厚い埃に覆われていた。
エレベーターが上昇するにつれ、健一の頭の中には友人から聞いた話が浮かんでは消えた。
『存在』は元々そのビルで働いていた社員の霊だと言われている。
彼は自ら命を絶ったのだが、その理由は誰も分からない。
ただ、彼が苦しんでいた時に、誰も気づいていなかったということだけが、町の人々の間で語り継がれていた。
健一は最上階のドアが開いた瞬間、すぐに足がすくんだ。
目の前には、古びたオフィスが広がっている。
デスクや椅子は放置され、周りには物が散乱しているが、その光景よりも彼の目を引いたのは、どこか異様な静けさだった。
まるでこの部屋が、健一の侵入を歓迎していないかのように感じた。
しばらくの間、何も起こらなかった。
しかし、突然、背後から妙な気配を感じ、振り向くと、そこには見えない何かが立っているようだった。
彼は恐れを胸に「誰かいるのか？」と声をかけたが、返事はなかった。
健一は不安になりながらも、ビルの奥へと進んだ。
「ここには何かがいる」と心の奥で確信する。
一歩一歩前に進んでいくと、ふと目の前に現れたのは、かすかな影だった。
彼はそれが『存在』だと理解することができた。
影は静かに動いていたが、どこか哀しげな雰囲気を漂わせていた。
「何を望んでいるんだ…？」健一は思わず呟いた。
すると影が少しだけ動いた。
その瞬間、彼は力強い抽象的な感情を感じ取った。
それは、助けや理解を求める叫びのようだった。
すると、健一の目の前に現れたのは小さなメモ用紙だった。
彼がそれを手に取ると、『間に合わなかった…』と書かれていた。
彼は一瞬、背筋が凍るのを感じた。
生きている人間は、無視をしてしまう恐ろしさや、相手に関心を寄せることを怠る恐れがある。
その影は、彼に対して強いメッセージを送ってきているように思えた。
その瞬間、健一は何かを理解した。
この影は、助けてほしいのではなく、気付いてほしいことを願っているのだ。
彼は彼自身の過ちに気づいた。
周囲の人間の苦しみに対して無関心でいてはいけないと。
その存在が彼に教えていたことに、ようやく気がついたのだった。
『存在』は、彼がそのビルに来ることを待っていたのだ。
彼が何かを感じ取ることを待っていた。
健一は後ろを振り向き、エレベーターの方へと急いだ。
その時、彼は後ろから何かの視線を感じたが、振り返る勇気がなかった。
エレベーターの前に立ったとき、再びメモ用紙が浮かび上がった。
「ありがとう」とだけ書かれていた。
その言葉は、悲しみに満ちた影からの温かい感謝だった。
健一はその瞬間、ビルから出ることがどれほど大切かを理解した。
彼は下に降りると、町の空気が新鮮に感じられた。
『存在』の影は、彼の中に一つの大切な教訓を刻み込んでいたのだ。
それは、周囲の人々の感情に寄り添い、理解することの大切さだった。
そして、高層ビルでの出来事は、彼にとっていつまでも忘れられない存在となった。
