「映し出された秘密」

静かな夜、時は一人、古ぼけた家の中で過去を振り返っていた。
祖母から受け継いだこの家は、かつて賑やかだった頃の面影を残しつつも、今は薄暗く静まりかえっている。
時は祖母の思い出に浸りながら、その時のことを思い出していた。
彼女はしばしばこう言っていた。
「鏡には、見えないものが映っている。」

家の中には、大きな鏡が一つ、壁に掛けられている。
祖母はこの鏡をとても大切にしていて、いつもその前で自分を映し、時には後ろを見て何かを確認するかのような動作をしていた。
時はその姿が不思議だったが、特に気に留めることはなかった。
しかし、祖母が亡くなってからこの家には不気味な空気が漂うようになった。

ある晩、時は鏡の前に立っていた。
月明かりが微かに差し込む中、彼女は自分自身を確認するために鏡を見つめた。
いつもと変わらない顔が映っているはずなのに、何故か視線が奥に引かれる感覚があった。
まるで鏡の中に、別の世界が広がっているような気がした。
それは、何かが自分を呼んでいるような、そんな感覚だった。

時は鏡をじっと見つめていると、自分の後ろに立つ影のようなものに気づいた。
心臓が高鳴り、背筋に冷たいものが走る。
振り返っても誰もいない。
しかし、鏡の中では確かに薄明かりの中に影が映っていた。
彼女の背後に立つ誰か――それは、言葉では表現できない、ただ「間」という感覚であった。

「あなたは誰?」

時は恐る恐る呟いた。
鏡の中の影は静まり返り、何の反応も示さない。
ただ、時を見つめるその目は、彼女の心に深く根を張るようであった。
その瞬間、時はふと思い出した。
祖母が言っていた「鏡には、見えないものが映っている」という言葉。
それが何を意味しているのか、理解し始めた。

彼女の頭の中に、過去の記憶が駆け巡る。
祖母が鏡の前で祈るように手を合わせていた姿、その背中にはいつも何かを恐れるような表情があった。
それを理解できた時、彼女は何かが間違っていると感じた。
自分は見てはいけないものを見つめているのではないかと思った。

時は再び鏡を見つめ、今度は自分の目をしっかりと見た。
彼女はその影が自分自身でないことに気づく。
まるで自分の記憶の中に封じ込められた感情のような、実と虚の間にいる存在。
それは彼女の過去の出来事、祖母の苦悩、家族に残された傷跡が一つの形となって映し出されたものだった。

影の正体を理解した時、時は涙が溢れそうになった。
彼女はその存在を否定することができなかった。
彼女の心の奥にある恐れや後悔、罪悪感が、この影を生み出していたのだ。
時は、自分が何を見ているのかを理解し、初めて鏡の意味を受け入れた。

「あなたは私の一部なのですね。」

時は静かに呟いた。
鏡の中の影は、彼女のその言葉に微かに頷いたように見えた。
その瞬間、時はその影が自分にとっての贖いでもあることを悟った。
彼女は自分の過去を受け入れ、影と共に歩んでいく決意を固めた。

夜が深まるにつれて、時間の感覚が薄れ、時は鏡の前に立ち続けていた。
彼女はもう二度と、過去を恥じることはない。
鏡は、彼女にとっての贖罪の場となり、そして新たな始まりの象徴となった。
影は彼女の背後から消え、時の心に静かな安堵が訪れたのだった。

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