彼の名は健二。
小さな村の外れにある古い木の下で、健二は幼い頃から大切な思い出を重ねてきた。
その木は、村の人々から「愛の木」と呼ばれ、恋人たちが願いを託する場所でもあった。
伝説によれば、愛の木の下で交わした約束は、愛を永遠にする力を持っているという。
しかし、この木にはもう一つの側面があった。
時折、不気味な声が聞こえてくることがあり、それに耳を傾ける者は、愛する者を失うという噂が立っていた。
健二は、小学校の頃から友人の真奈と一緒に成長してきた。
彼女はかわいらしく、いつも明るい微笑みを絶やさなかった。
二人はいつしかお互いに特別な感情を抱くようになり、愛の木の下で約束を交わした。
「ずっと一緒だよ」と。
時が経つにつれ、健二と真奈は高校生になり、お互いの存在が以前にも増して大切になっていった。
そんなある日、健二は木の下で真奈にプロポーズをしようと決心した。
しかし、彼はその日、何かが不気味に感じることに気が付いた。
愛の木の周囲で、日没後に聞こえる声が、いつもよりも強く響いていたのだ。
「愛や幸せは、滅びの運命を背負っている」と。
その言葉は、彼の心に重くのしかかり、約束の時間が迫るにつれ不安が募っていった。
健二は木の前で待つ真奈の姿を見つけて、心を落ち着けようとした。
しかし、どこか悲しげな雰囲気が漂っていた。
「どうしたの?健二」と真奈が心配そうに尋ねる。
健二は微笑みながら、「大丈夫だよ、特別なことを聞かせるつもりだから」と答えた。
しかし、その直後、森の奥から耳を澄ませると、かすかな悲鳴が聞こえた。
健二の心臓が早鐘のように打ち始め、何かが起ころうとしている予感がした。
真奈はその音に気づかずに笑顔を向ける。
彼の胸の奥にある愛は、同時に恐れを育んでいた。
「私たちの愛は、永遠だよね」と真奈が言ったとき、愛の木が風に揺れ、小さな葉が一枚、落ちた。
その瞬間、彼は運命を感じずにはいられなかった。
思わず手を伸ばし、木の幹に触れた瞬間、彼の体に異変が起きた。
目の前が暗くなり、頭の中にさまざまな声が響いた。
「彼女を忘れてはいけない、愛の記憶は滅びの道を辿る」。
その言葉が頭を支配し、健二は無意識のうちに泣き叫んでいた。
木の下で交わした約束が、まるで呪いのように思えてきた。
そして、何かが押し寄せてくる感覚に、彼は真奈の手を強く握った。
「真奈、行こう…!」
彼はその場から逃げ出した。
しかし、真奈の姿は消え去り、彼の側には愛の木だけが残っていた。
健二の心に重くのしかかる感情は、彼が抱いていた愛の本質がもたらす恐怖だった。
彼は絶望的な思いに囚われ、再び木の下に戻ることはできなかった。
それからというもの、彼は真奈の記憶を思い出すたびに、愛というものに対する恐怖が再燃し、愛の木の存在を思い出すたびに、彼女の姿が消えた時の痛みが戻ってきた。
彼の心の奥には、いつまでも彼女が生き続けていると思っていたが、愛の木は確かに、その愛を滅ぼしたのだ。
月日が流れ、健二は大人になり、恋人を作ることさえできなかった。
彼の心には真奈の存在が根強く残り続けていた。
愛の木は今も村に立っている。
彼には、二度と戻ることのできない場所となっていた。
愛の記憶を持ちながら、彼は一人、この世の終わりのように感じていた。