ある小さな町に、難波という名の青年が住んでいた。
彼は幼い頃からさまざまなトラブルに巻き込まれており、いつも運が悪いと周囲から笑われていた。
友人たちも次第に離れ、彼は孤独な日々を送ることになった。
それでも、彼は人の助けを求めず、耐え続けていた。
町の外れには、古い神社があった。
その神社は、地元の人々が不運を払うために訪れる場所として知られていたが、いつしか誰も寄りつかなくなっていた。
ある日、難波は「悪運を断ち切ってもらえるかもしれない」と思い、神社へと向かうことにした。
神社に着くと、朽ち果てた鳥居が出迎えた。
周囲には静けさが漂い、まるで時間が止まったかのような雰囲気だった。
彼は恐る恐る境内に足を踏み入れた。
すると、突然、冷たい風が吹き抜け、木の葉がざわめいた。
何か不気味な気配を感じつつも、彼はそのまま参拝をしていくつかの願いを浮かべた。
「私の運を良くしてくれ、命を助けてくれ」
祈りが終わると、不思議と心が軽くなるのを感じた。
ただでさえ孤独な生活を送っていた彼だが、何か特別な体験をしたかのように思った。
しかし、その瞬間、神社の中で奇妙な現象が起きた。
彼の背後から、誰もいないはずの参道から重苦しい足音が近づいてくるのを感じた。
振り返ると、誰もいない。
しかし、再びその足音が聞こえた。
彼は恐怖に駆られ、神社から逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けなかった。
重い空気に包まれ、彼は立ち尽くしていた。
どんどん足音は近くなり、やがて目の前に現れたのは、黒い影だった。
顔は見えず、全身が漆黒の布で覆われていた。
「お前の願い、どのようなものか」
低い声が響き渡った。
難波は思わず縮こまったが、そこに告げられた言葉にまるで魅入られたかのように口を開いた。
「私は、運が悪いのをやめたい…」
影は不気味に笑い、答えた。
「運を良くしたいのなら、代償が必要だ。その命を捧げよ」
難波はその言葉に愕然とした。
自分の命を差し出すなんて、何を馬鹿なことを言っているのかと思ったが、同時に心の奥底にある願望が芽生えた。
愛する人たちとの関係が壊れ、自分自身も傷ついてきたのだから、運が良くなることにかすかな希望をかけてしまった。
「それが本心か?」
影は挑発するように再び尋ねた。
難波は自分の運命を彼に託そうとしていた。
必死になり、頷くことしかできなかった。
すると、影は彼の前に現れると、ゆっくりと手を差し伸べてきた。
その手が彼の胸に触れると、彼は一瞬のうちに冷たい感覚が全身を覆った。
「契約成立。お前の運が良くなる代わり、お前の命は私のものとなる」
難波は呆然としていた。
生き延びようとした念にかき消され、彼は自分の運が良くなったのかどうかもわからなかった。
最初は小さな幸運が続いたものの、それが命を奪うための引き金であることに気付くことはなかった。
次第に彼の生活は変わっていった。
人が寄り付かず、孤独が深まっていく中で、周囲の人々は彼に対して恐れを抱くようになった。
命の代償として、彼の笑顔は消え去り、愛情も友情も失われていった。
代わりに彼を取り巻くのは、影のような闇だった。
ついに彼は夜の闇に飲まれ、日常生活すら送ることができなくなった。
すべてを手に入れたはずが、最も大切なものを失ったことに気付いた時には、後戻りができなかった。
孤独の影に沈む中で、難波は決して開かれることのない扉を前に変わらぬ命の流れに抗うことができず、永遠にその影に囚われ続けたのだった。