彼女の名前は由美。
28歳のOLで、仕事に追われる毎日を送っていた。
北海道の静かな町に住んでいる彼女は、忙しい日々の中で心の疲れを感じていた。
そんなある日、彼女は心の浄化を求めて、友人から教わったという古い「生きた」伝説の村に出かけることに決めた。
その村には、かつて一部の住民が生け贄として捧げられたという話が伝わっており、その「生」を求める者にとっては、不可解な現象が待ち受けていると言われていた。
興味本位で訪れることにした由美は、村に近づくにつれて、妙な緊張感が体を覆っていくのを感じた。
村に足を踏み入れた瞬間、彼女は異様な静けさに包まれた。
人の気配はまるで無く、道端には誰もいない小屋が並んでいる。
由美はその中の一つへと足を運ぶ。
小屋は不気味に薄暗く、古びた家具と埃で覆われた道具が散らばっていた。
その時、彼女の心は不穏な気配に揺れ始めた。
彼女は思わず心の声に耳を傾ける。
「ここから去ったほうがいい」と。
しかし、何が彼女をここに引き留めているのか分からず、立ち尽くす。
彼女の心臓が高鳴り、もっと深くこの村の秘密を知りたいという好奇心が湧き上がる。
そんな時、彼女は小屋の奥から微かな声を聞いた。
「来て…ここに来て…」
その声は魅惑的で、どこか懐かしい響きを持っていた。
由美はその声に導かれるように、奥へと進んでいく。
薄暗い部屋の中で、彼女が目にしたのは一枚の鏡だった。
鏡の中には、自分自身の映像が映し出されているが、そこには何かが違っていた。
由美の姿が少しずつ歪み、彼女の周りに影がひそんでいるのを感じた。
「生きている、私が生きている」と彼女は呟く。
しかし、心の中には漠然とした恐怖が広がり始める。
「どうして私はここにいるのだろう?私は、どこに行くつもりなんだろう?」その疑問が彼女の心をさいなみ、彼女は次第に自分自身が薄れていく感覚を覚えた。
その時、再びあの声が響いた。
「生きることは去ることでもある。あなたが去れば、私は生きていける」。
由美は恐怖のあまり身動きが取れなくなった。
鏡の中の影が、彼女に向かって手を差し伸べている。
まるで、彼女が自分の心の一部に引き込まれようとしているかのようだ。
「私は、何を失おうとしているの?」由美は自分に問いかける。
しかし、その答えを見つける暇もなく、自分の意識が薄れていくのを感じた。
彼女は無意識に、鏡から目を逸らし、逃げ出すことを決意した。
心の中には「去る」ことでしか生き延びられないという思いが強まっていた。
由美は急いで小屋を出て村を後にしようとするが、その瞬間、背後からあの声が耳元で囁く。
「いつか、戻ってきてね…あなたの心が完全に私になるまで。」その声に背筋が凍り、彼女は恐れを抱えながら走り続けた。
帰路につく途中、彼女は徐々に心の安らぎを取り戻していたが、村の不気味な記憶は決して忘れることができなかった。
今でも、心の奥底には、あの影が息づいているのを感じている。
そして時折、あの村を訪れないことを後悔し、心の何かが去ってしまったことを恐れ続けるのだった。