真夜中、静まり返った小さな町の公園。
そこは地域の人々にとってもあまり訪れることのない場所で、夜になると薄暗く囲まれた木々が生い茂っていた。
その公園の一角には、古びたブランコがあり、子供たちが遊んだ名残を思わせるが、今はただの廃棄物のようにたたずんでいた。
彼らの笑い声は、もうかすかな思い出に過ぎなかった。
弘樹はその公園が苦手だった。
彼の母親がかつてここで行方不明になったからだ。
その時の記憶が、彼の心を重くのしかけていた。
母は明るく、いつも弘樹を笑わせていた。
しかしある夜、母は「ちょっと散歩に行ってくる」と言ったきり、帰ってこなかった。
その後、警察が捜索したが、母の姿はどこにも見つからなかった。
町は母の失踪を速やかに忘れ、弘樹は孤独な日々を送ることになった。
彼の心の奥底には、母が何かに引き寄せられて行ったのではないかという思いがあった。
そして、あの公園に一度行かなければならないと、彼は思うようになった。
噂によると、その公園には「影の手」が現れるというのだ。
人々はそれを「導く存在」と呼び、心の執着を持つ者にしか見えないものだとも言われていた。
月が高く昇ったある晩、弘樹は意を決して公園に足を運んだ。
あたりは静まり返り、冷たい風が彼の頬を撫でていく。
彼はブランコの前に立ち、記憶の中の母の笑顔を思い浮かべた。
その瞬間、暗闇からかすかに動く影を感じた。
恐る恐る目を凝らすと、そこには確かに「手」があった。
その指先が彼を誘うかのように動いているのだ。
恐怖を感じつつも、弘樹はその手に惹かれるように近づいた。
手の持ち主は不明だったが、彼はある種の温もりを感じていた。
影は彼に存在を示すかのように、ますます強く手を差し伸べた。
彼はその手を取ることで、母に再び会えるのではないかという期待を抱いた。
「母さん…」と、彼は呟きながら手を差し伸べた瞬間、手は彼の意識を吸い込むかのように強く掴んだ。
恐怖が彼の胸を締め付けるが、同時に感覚は研ぎ澄まされ、彼は影の正体を知りたいと思った。
さらにその手は弘樹を連れ、暗闇の深淵へと引きずり込んでいった。
彼は不安と興奮に包まれながら、影の手に導かれていった。
もう一度、母に会えるのだろうか。
彼の心の中で希望が膨れ上がった。
しかし、その先に待っていたのは彼自身の内面的な苦悩だった。
影の手を追い続けるほどに、彼は母の存在だけでなく、彼自身の喪失感を再認識することになった。
どれほどの時間が経っただろうか。
影の手は次第に力を失っていき、弘樹はその場に立ち尽くしていた。
周囲は暗闇に包まれ、彼の意識は曖昧になっていた。
振り返れば、物音一つしない静寂の中で、母の影がどこかにひっそりと立っているのを感じた。
「戻れ、弘樹。」
その声は、ただただ耳に残った。
影が彼の存在を拒絶しているかのように感じる瞬間、彼は自分がこの場所に留まり続ける限り、執着は消えないのだと悟った。
影は「導く存在」でありながら、同時に「引き留める存在」でもあった。
弘樹は恐ろしい現実を理解し、母と再会するための道が永遠に閉ざされてしまったことを痛感した。
必死に心を奮い立たせ、弘樹はその場から走り去った。
しかし、影の手が彼を完全に開放することはなかった。
影の中での経験は、永遠に心の奥深くに傷を残した。
母に再び会いたいという思いは、そう簡単に消えるものではなかった。
以降、彼はあの公園に近寄ることを躊躇い続けることになった。
影の手が彼を再び引き寄せることを恐れ、しかし同時にその手に導かれることを望んでいた。
彼の心は執着を抱えたまま、静寂の中で彷徨い続けるのであった。