「影が宿る井戸」

静かな山里にある小さな「の」(公園)。
そこには住人たちの憩いの場としての親しみもあったが、一方で、子供たちの間では「近づいてはいけない場所」とされていた。
特にその「の」の隅にある古びた井戸が原因だった。
井戸のまわりには、いつも名も知らぬ犬たちが集まっていたからだ。

ある日、山田太一という少年が、いつものように友達と遊んでいると、急に空が曇り始めた。
彼らはその変わり果てた空を見上げ、気味悪さを感じた。
しかし、太一は好奇心に勝てず、さっそく「の」へと足を運ぶことにした。
友達の健二、愛や雅も付き添う形で、その薄暗い「の」に近づいていった。

「ねえ、あの井戸に行こうよ!」健二が言った。
最初は躊躇していた愛も、「うん、行こう!」と賛同した。
しかし、雅だけは少し不安そうな表情を浮かべた。
「本当に行くの?あそこには悪い噂があるって…」

無視するように太一は深呼吸をし、「大丈夫だよ。何も起こらないって。ほら、犬たちもいるし。」と笑いかけた。
まるで彼の言葉が、井戸に潜む暗い影を呼び寄せるようだった。

井戸の近くに着くと、そこには何匹もの犬が集まっていた。
彼らは静かに、じっと井戸を見つめていた。
その視線を感じ取った太一たちは、少し戸惑った。
犬たちは吠えることもなく、ただその場にとどまり続けていた。

「わ、なんでこんなにいるの?何かあるのかな…」愛が声をひそめた瞬間、突然、井戸から冷たい風が吹き上げてきた。
犬たちが驚いて後ずさりし、太一たちの方を見上げる。
その目には恐怖と訴えかけるような意思が宿っていた。

「た、太一、もう帰ろうよ。この風、なんか変だよ…」雅が後ろに下がる。
だが、太一は恐怖心を振り払い、井戸のふちに近づいた。
「ただの風じゃん。何もないって。」

すると、井戸の中からかすかに「出ていけ」という囁きが聞こえた。
声は低く、ぞっとするような冷気を伴っていた。
「出ていけ…。」その言葉は井戸の奥から響き渡り、犬たちもすぐに逃げ出すようにその場を離れた。

「やっぱりやばいよ!」愛が叫び、皆が振り返ったが、太一だけはその場に立ち尽くしていた。
「もっと近くで見たい…」

彼の勇気が次第に薄れ、心の奥に眠る不安が目覚めたとき、その井戸の深い底から、ひときわ大きな声が響いた。
「放たれた影は、決して戻らぬ…」その瞬間、井戸から無数の影が蠢き出し、太一の足元に絡みつくように迫ってきた。

太一の声は出なかった。
目の前には、犬たちの姿がすっかり消え、ただ薄暗い「の」と井戸だけが彼を取り囲んでいた。
冷たい影が彼の身体を包み込み、意識が遠のいていった。

気がつくと、太一は井戸の前に横たわっていた。
友達の姿はどこにも見えない。
恐怖で全身を震わせながら立ち上がると、やはり周囲は静まり返ったままだった。
井戸の中からは何も聞こえてこない。

その後、太一は村に戻ることができたが、彼の心には影が残り続けた。
毎晩、犬たちが集まる井戸の場所を思い出すたび、彼はあの囁きが自分の心の奥深くで鳴り響くのを感じた。
「放たれた影は、決して戻らぬ…」

太一はその日のことを誰にも話さなかった。
彼にとって、「の」にまつわる恐怖は永遠に消えることはなく、影のように彼を付きまとい続けたのだった。

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