ある小さな村、イ村には古くからの伝承があった。
それは、村外れにある「三つの井戸」の話だ。
村人たちはその井戸を避けていた。
井戸には、昼も夜も変わることのない冷たい水が満ちており、地元の言い伝えによると、その水に一度触れた者は生きて帰れないという。
恐ろしい影の者が住んでいると噂され、誰もその井戸に近づこうとはしなかった。
師匠である佐藤は、若手の弟子たちを連れてこの村を訪れた。
彼らは修行の一環として、体験を通じて教訓を得ようとしていた。
佐藤は村の人々から井戸の話を聞くと、挑戦的な笑みを浮かべた。
弟子たちに言った。
「恐れずに行こう。真実を知ることが大切だ。」
夜が更けていく中、弟子たちはしぶしぶとついていった。
井戸に近づくにつれ、冷たい風が吹き始め、異様な緊張感が漂ってきた。
しかし、佐藤はその異様さを楽しむかのように先へ進んだ。
井戸に着くと、弟子たちは驚愕した。
暗闇の中、井戸の底がぼんやりと光り輝いて見えたのだ。
まるで何かがそこにいるかのように。
「こわがることはない」と佐藤が言うと、彼は井戸の縁に腰を下ろし、覗き込んだ。
弟子たちは遠くからその様子を見守る。
神秘的な光の中、佐藤の顔が歪み、次の瞬間、彼の表情が変わった。
まるで何かに引き寄せられるように、彼は井戸の中へ落ちていった。
悲鳴を上げる弟子たち。
井戸の底からは何も聞こえなかった。
彼らは恐れを抱いたが、助けを求めて井戸の周りを走った。
しかし、次第に彼らは感じ始めた。
どうしても戻れなくなる感覚が。
その場を離れることができず、じっとその場に立ち尽くしていた。
やがて、また異様なことが起こった。
井戸の底から、かすかな声が響いてきた。
「助けて、助けて…」それはまるで佐藤の声のようだった。
しかし、声は次第にかすれ、次の瞬間、急に静まった。
弟子たちの心の中に恐れが広がった。
夜が更け、その場は不気味な静寂に包まれた。
村人たちが心配して探しに来たが、弟子たちは自分たちが何をするべきか分からなかった。
結局、村人たちに助けを求めたが、彼らも井戸には近寄らなかった。
「待て」「どうして助けに行こうとしない?」弟子の一人が問いかけたが、村人は一言も発しなかった。
彼らはただその場を去って行った。
月の明かりの中、井戸からは冷たい水の音だけが響いていた。
数日後、村には異変が起こった。
井戸の水がいつになく汚れ、かつてない悪臭が漂い始めた。
弟子たちは恐れて村を離れたが、佐藤の姿を見つけることはできなかった。
あの井戸は、師匠を飲み込んだのか。
それとも、井戸の底に何かが存在し、彼自身がもう戻れないようにされたのか。
疎外感と恐怖に苛まれ、弟子たちは村を後にした。
時が経ち、イ村は静かに忘れ去られていった。
しかし、人々の心の中には、あの井戸の話が生き続ける。
井戸に近づく者がいないことで、彼らはその恐怖を永遠に抱え続けることになってしまったのだった。
あの夜、師匠を失った出来事は、決して消えない伝承として、村の中で生き残ることになった。